入院編

入院編

内容タグ:拘束、入院中の性行為、溺水/酸欠


治療区画に足を踏み入れると、リカバリー・キュービクルは白濁した壁面で閉ざされていた。
透過モードが切られている今は、ただの静かな機械装置にしか見えない。

※キュービクル=小部屋、個室

低い駆動音が床から伝わり、空調は一定の温度と湿度を保っている。
居心地が悪いわけではない。むしろ人が快適に過ごせるように調整されているはずだった。
それでも、漂う薬品の匂いがどこか現実感を削ぎ、ここが日常とは隔たれた場所であることを思い知らせる。

時間の感覚はあいまいだ。火と煙にまみれたあの夜から、どれほど経ったのか。
数日か、あるいはもっと──ヒイロ自身にも区切りはつけられない。
ただ、いま目の前にあるのは「生かすための装置」であることだけは確かだった。

端末を操作し、透過モードに切り替える。
青緑の光がふっと広がり、内部の様子が浮かび上がる。

そこにいたのは、完全に無防備なデュオだった。
液体に全身を沈めているのに酸素マスクはない。だが胸は確かに上下し、口元からは時折泡がこぼれる。
──人間なら死を意味する光景。だが、改造された彼はそこで呼吸していた。

点滴や修復用のケーブルに繋がれたまま、腕を投げ出して眠っている。
体は透明な背面シートに支えられており、重みで傾ぐことなく静かに安定していた。
まるで水中に浮かぶ標本のように、姿勢は保たれたまま、病衣だけが液体に揺れている。
顔は半ば仰向け、時折吐息が泡となって浮かび、天井へと昇って消えていく。

身にまとっているのは、肌を覆う程度の薄布──キュービクル専用の病衣だった。
治療や修復ケーブルの取り回しを邪魔しないように作られており、袖も裾も短い。液体に溶けるような質感を持ち、袖や裾は水草のように揺らめく。
まるで海洋生物の鰭のようで、呼吸に合わせてかすかに広がっては閉じていた。

ヒイロの胸の奥が、わずかに軋む。
戦場で何度も見てきた強靱さとはまるで逆。ここにあるのは、脆さと静けさの入り混じった横顔だった。
理屈では説明できない。けれど本能が確かに惹き寄せられる。

液体に浮かぶ防水端末は画面を点けっぱなしで、再生が止まったままの動画が映っている。
着替えやタオルのパックが液面近くに浮かび、空になった何かのパッケージはクラゲのように漂っている。
幻想的な光景の中に、だらしない散らかりようが混じっている。
看護師が眉をひそめる姿が容易に想像できた。

それでも眠るデュオの横顔は、あまりに安らかだった。
火と煙に咳き込み、血を吐いていた同じ男とは思えないほどに。
ヒイロは無言で立ち尽くし、ただ見下ろす。

胸の奥に、説明できない衝動が突き上げた。
待て。理性はそう告げる。だが視線は逸らせない。
液体に沈むデュオの姿は、あまりに脆く、そして抗いがたい。

喉が乾き、鼓動が速まる。呼吸だけが乱れ、身体の芯が熱を帯びていく。
ただ見ているだけでは済まなくなる──その確信。

衝動に押され、ポケットの中の端末を思考スイッチでアクティブにする。
微弱な無線が拾われ、医療スタッフ用のアクセスが立ち上がる。
利便性を優先したシステムは複雑な暗号化もなく、数秒で防御壁が崩れた。

キュービクルの天井のハッチが小さく震え、ロックが外れる。

上着を脱いで壁際に投げ出した。
靴を脱ぐときの、踵が床を打つ小さな音がやけに大きく響く。
それだけで背後に視線があるような錯覚を覚える。
理性が「やめろ」と告げるが、手は止まらない。
靴下越しの足裏に床の冷たさが突き刺さる。

まるで時間が粘りつくように伸び、足が勝手に前へ進む。
もう止められない。──そう思ったとき。

液体の中で、デュオの睫毛がかすかに震えた。
濁った瞳が開き、視線が揺れながらヒイロを捉える。
泡をひとつ吐き、無線が割り込んできた。

〈……おいおい、ガラス越しに突っ立って見物かよ〉
その声はかすれているのに、どこか軽口めいていた。
ヒイロの胸が一瞬、跳ねる。

指先はすでにハッチを解放していた。
キュービクルの天井に上り、ハッチをくぐる。
青緑の液体がさざ波を立て、薬品の匂いが鼻を刺す。
息を吸い込み、ヒイロは無音でその中へ身を沈めた。
液体が胸を、肩を、喉を越えてすとんと迫る。

キュービクル内部の底に降り立つ。
視線の先では、デュオがシートに身を預けたまま半ば仰向けに漂っている。
片腕や髪がふわりと揺れ、呼吸に合わせて泡がこぼれた。

〈……うわほんとに入ってきた〉
無線に乗った声は、呆れと探りを半々に混ぜている。
〈セキュリティ切ってまで、何考えてんだ。用事はなんだ?〉
〈おまえを見に〉

ヒイロは一瞬ためらい、続ける。
〈……待てなかった〉

デュオの眉がわずかに動く。
(待てなかった? ……何をだ?)
疑問が浮かんだ瞬間、胸の奥で不穏な可能性が灯る。
(まさか……そういうことか?)

だが口に出す代わりに、わざと軽口を選んだ。
〈……見舞い客かよ。花も果物もねえじゃねえか〉

ヒイロは答えない。ただ視線だけを外そうとせず、一歩踏み出す。
その仕草が、言葉より雄弁に衝動を物語っていた。

〈……おい、わかってんのか。ここ、モニタリングされてんだぞ〉
デュオはわざと軽く言ったが、瞳の奥では探るような色が揺れている。
〈俺のバイタルも丸見えだ。すぐにスタッフが異常に気づく〉
〈問題ない。制圧済みだ〉
ヒイロは淡々と返す。その硬さに、デュオは短く溜息をついた。
(……やっぱそういうことかよ。こいつ、本気でセキュリティを切ったのか)
(待てなかったって……本当に、そういう意味か?)
口には出さず、あくまで態度を崩さない。
〈へえ。じゃあ、ちょっと補強してやるか〉

デュオは無線の裏側で短くコードを叩き込む。
数秒後、浮遊する端末の画面が一斉に書き換わった。
モニタリングログの一部が改竄され、監視プログラムは沈黙する。
壁面も不透過モードに戻す。

〈お前、穴塞ぐの下手くそなんだよ。ほら、これで完璧〉
ヒイロはわずかに目を細め、短く答えた。
〈……助かる〉

真顔の返答に、デュオはあきれたように笑う。
〈ほんっとに冗談通じねえやつだな〉
台詞とは裏腹に内心の警戒は消えない。

デュオはしばらく無言で視線を交わしていたが、やがて片眉を上げた。
〈セキュリティ切ってまで入り込んで、突っ立って見てるだけか?〉
泡が一つ弾け、声と一緒に揺れる。
〈俺のベッドサイドに来たやつら、大抵はもっとやらしい顔してんだぜ〉
ヒイロの拳がさらに強く握り込まれる。
近寄りたい衝動が全身をせり上げるのに、足は竦んでしまっている。

デュオは肩をわずかに揺らし、口の端を歪める。
〈どうしたよ。待てなかったんだろ?〉

ヒイロの指先がわずかに震えた。

〈……なあ、そういう目で見ろよ。そしたら納得してやるから〉
デュオはわざと挑発めいた笑みを浮かべる。
冗談の調子を装っていても、その視線は探るように鋭い。

ヒイロは沈黙したまま見返す。
返事をしないその無言が、かえって衝動を裏付ける答えになっていた。
理性がかろうじて衝動を押し留めている。
触れたい。近づきたい。けれど、踏み出したら戻れなくなると知っていた。
戻るとしたら今しかない、しかし。

(……やっぱり、そういうことか)
デュオの胸中に確信めいた予感が広がる。
〈……そういう顔は、隠すの下手なんだな。俺からも丸見えだ〉
その声音には、からかいと同時に、確信めいた響きが混じっていた。

ヒイロの握り込んだ拳がゆっくりとほどけ、指先が水を切る。
わずかに腕が動いただけで、胸の奥の衝動が一気に広がった。
半歩ぶん距離を詰める。
触れるにはまだ遠い。けれど、もう後戻りはできない。
〈……どうしても、抑えられない〉
低く絞り出すような声。

デュオの目がわずかに見開かれ、すぐに挑発めいた笑みに戻った。
〈ったく……それは素直に言えんだな〉
泡を吐きながら、デュオはシートから少し身を起こす。
漂っていた髪が遅れてうねる。

意を決したヒイロの手が一気に液体をかき分けた。
ためらうのはやめた。腕が伸び、デュオの肩を捕らえる。
シートに身を預けていたデュオの身体が、引き寄せられてわずかに浮く。

〈……やっぱ来やがった〉
無線越しの声は呆れを装っていたが、その瞳には驚きと熱が混じっていた。
ヒイロは答えず、ただ強く抱き寄せ、胸板を押し付ける。
水圧と浮力が二人を押し包んで、距離という距離をすべて奪い去った。

髪が頬にかかり、泡が耳元で弾ける。
呼吸のたびに生まれる小さな震えさえも、全身で感じられた。
デュオは短く息を吐き、口の端を上げる。
〈……待てなかった、ね。……だったら、もう遠慮すんなよ〉
挑発と許容の両方を含んだ声が、水の中で溶け合った。

二人の体が重なり、液体がじわりと押し分けられる。
デュオはシートから身を起こし、絡めた腕でヒイロの背を引き寄せた。
〈……ったく、強引だな。……まあそういうの嫌いじゃねえけど〉
吐息混じりの声と一緒に泡がこぼれる。
それでも腕は解かず、むしろ絡みつく脚で距離をさらに奪った。

ヒイロは返事をしない。
ただ無言のまま肩を押し、額を寄せ、体温を確かめるように密着する。
液体の抵抗がかえって敏感さを際立たせ、わずかな動きが全身を震わせた。

ふいに、ヒイロの胸が大きく震えた。
肺に溜めた空気が尽きかけている。デュオは目の前でそれを感じ取った。
慌てて強く抱き寄せ、さらに口を塞いでしまう。

細かな泡とともに、青緑の液体がヒイロの口に流れ込む。
デュオ自身にはなんでもないはずの液体──だが、ヒイロにはただの水と同じだ。
喉が痙攣し、苦しげに体を震わせるのを、腕の中で直に感じる。
デュオの瞳が一瞬、大きく揺れた。焦りと恐怖が混じる。
〈……ッ、ちげえ! お前はこれ吸えねえんだった!〉

デュオの両腕がヒイロの肩を突き飛ばす。
ヒイロは抵抗するように脚を絡め続けたが、力強く突き放され、ハッチへと押し出された。
顔が水面を越えた瞬間、喉から激しく液体が吐き出される。
「……っはあ、はあ──!」
肩を折り、荒く息を吸い込みながら、ヒイロは外気を肺に叩き込んだ。
水滴が床に散り、咳き込みながら視線を戻す。
さざめく青緑の光の向こうで、デュオがシートに背を預け、あきれたように笑っていた。

〈……ほんとに死ぬ気で来やがったな。バカ野郎〉
その声には軽さがあったが、ほんの一瞬、眉が寄る。
さっき、自分が口移しで液体を飲ませてしまった感触が、まだ指先に残っていた。
胸の奥にぞわりと嫌な汗が流れる。──危うく死なせるところだった。

ヒイロは答えなかった。
ただ濡れた髪を振り払い、速い呼吸で酸素を乱暴に吸い込みながら、もう一度ハッチに手をかける。
息を整えるためではない。次に潜るため、肺に酸素を詰め込むための呼吸法だ。
肺は悲鳴を上げている。理性は「もうやめろ」と警告している。
だがそのどちらも、足を止めさせることはできなかった。

青緑の液に再び身を沈める。
温かさが皮膚を包み、耳の奥で外界の音が遠ざかる。
デュオは彼を見て、ゆるやかに腕を広げる。
拒むでも止めるでもなく、ただ「来い」と言うように。
その姿に引かれるように、ヒイロはふらつきながら潜る。

デュオの背は、透明な支持シートにゆるやかに預けられていた。
だがヒイロに腕を回すと、その安定は意味を失い、身体は液体の中で寄り添うように揺れる。
義肢の硬質な感触と生身の温もりが押し合い、互いを縛る。

二人の胸が重なり、ヒイロの耳に異様な響きが広がった。
心臓の音が液体を通じて、鼓膜を直接叩いてくる。
その奥では、血流が血管を駆け抜けるざわめきまでが聞こえる。
まるで水路を奔流する川の音のように、命の循環が耳の中に流れ込んでくる。
互いの心臓が速く、荒く鳴るたびに液体全体が共鳴し、身体の奥を震わせた。
〈……うるせえ心臓だな、お前〉
デュオが苦笑混じりに囁く。
〈お前も同じだ〉
返すヒイロの声もまた震えている。

寄せた顔に、デュオの息遣いが液体の流れとなってわずかに感じられる。
二人の動きによってキュービクルの中の液体がかき混ぜられ、ゆっくりと渦を作り出す。
その渦の中で、デュオの病衣の裾がひらめいた。
水草や魚の鰭のように広がり、絡み合う脚や腰にまとわりついては、また離れる。
光を受けて膜のように揺れ、二人を覆い隠す。
その下で、透明な支持シートが二人の体を支えていた。強く押し合うたびに膜のように沈み、ハンモックのようにゆらゆらと揺らぐ。
先に沈んだのはデュオだった。背中を押し付けられ、青緑の泡が散る。
〈……チッ、強引だな〉
声は笑いを含みながらも、瞳には苛立ちと熱が混じる。

次の瞬間、義肢の脚が反動を生み、体勢が逆転する。
ヒイロの背が沈み、今度はデュオが覆いかぶさる。
〈どうよ、下になる気分は〉
挑発が響く。
だがヒイロは怯まず、沈んだままの体勢でさらに強く腕を回した。

渦に身を任せて漂いながら、ただ抱き合ううちに、絡めた脚を支点にして、デュオの方から腰を寄せてくる。
ヒイロの胸に、理性の最後の欠片がかろうじて声を生む。
〈……いいのか〉
囁くような問いに、デュオは一瞬だけ目を細めた。
〈バカ、今さらそれ訊くのかよ。……いいぜ。退屈してたんだ、ちょうどな〉
無線の声は軽口めいている。だがその奥で、ほんの一拍の逡巡が混じった。

〈……なあ、わかってんだろ〉
デュオの声が、ふっと半音低くなる。
〈俺のこれは、半分は芝居だ〉
普段の仰々しさが丸ごと抜け落ちたような口調。泡がひとつ昇る。

〈そうでもしてないと、自分が人間ってことも忘れそうでさ〉

その言葉に、ヒイロの胸が小さく跳ねた。
〈……なぜ、そんな無駄なことを〉
怒りか、苛立ちか、自分でも区別がつかない。
人間らしさを装うことすら偽装だと突きつけられるのは、自分が機械であろうとする言い訳を崩されるのと同じだ。

だが言葉はそれ以上続かなかった。沈黙の中で、ただ鼓動だけが速まっていく。

〈けど今は──〉
デュオが重ねる声に、否定の言葉はもう出てこなかった。

〈……わかった。それで構わない〉

ヒイロの返答は、衝動に飲まれた末にようやく絞り出された。
その声の奥に、かすかな安堵が滲む。

無線越しに交わされた言葉は、単なる合図ではなく。
互いに芝居と衝動をわかった上で、それでも踏み込むという合意だった。

デュオの指がヒイロの背を滑り、密着がさらに深まる。
液体の抵抗がかえって身体を敏感にし、わずかな動きでも全身が揺さぶられる。
青緑の光に照らされ、二人の影が絡まり合い、キュービクル全体が脈打つように震えた。

胸が焼けるほど苦しいはずなのに、脚を解けない。
上着も靴もすでに脱ぎ捨ててあるが、それ以上を事前に脱ぐ余裕はなかった。
ただ前を開けるだけで、布越しに水が絡みつく。

ヒイロの動きは、まっすぐで、迷いがなく、それでいて拙かった。
段取りなど考えもしない。呼吸の続かない焦りが、すべてを急がせている。

デュオはその切迫を肌で感じ取る。
(……ったく、前置きも何もなしで来るか。……まあ、死にかけてんじゃな)

はたと気づき、目を細めて呟く。
〈いやちょっと待て。突っ込む前に、指使え〉
わずかに動きを止め、ヒイロが視線だけで問いかける。
〈……こうだ〉
デュオはヒイロの手を握り、指先を自分の指に重ねるように添えさせる。
そのまま入口をなぞり、ゆっくりと狭い空間に導いた。
〈……そう。力を抜け。焦んな……俺の動きに合わせろ〉
囁きは指導そのもの。
だが重ねた指先が律動を刻むたび、水に紛れる熱が絡みつき、デュオの喉から呻きが漏れる。
〈……、そこ……いい……もっと……〉
吐息混じりの声が指導を越え、挑発めいていく。
その響きに、ヒイロの鼓動が激しくなる。
指で浅く探っただけでこんなに反応するのなら、自分を繋いだらどうなるのか。
想像で衝動がさらに熱を帯び、息苦しささえ煽られる。
そこへ、挑むようなデュオの視線がヒイロを射抜く。
〈……っは、見ろよ……もうこんなに開いてやってんだ……早く沈めろ〉
ヒイロは躊躇わなかった。
導かれるままにデュオの腰を抱き込み、体を貫いた。

液体が揺れ、絡み合った下半身から熱が伝わる。
〈……っ、は……!〉
初めて味わう締めつけに、ヒイロは思わず喉を震わせた。
機械であるはずの身体に、理屈では測れない感覚が奔る。

〈……どうだよ、すげえだろ〉
デュオの吐息混じりの声は芝居めいている。
だが義指が背に食い込み、脚が絡みつく感触は、本気で縋りついているようにしか思えなかった。

内側から押し返される感触に、ヒイロの胸は熱で脈打つ。
呼吸は苦しい。だがその苦しささえ、欲望を急かす燃料になっていた。
〈もっと……欲しい……〉
自分でも制御できず、思考がそのまま電脳に流れ出た。
初めての衝動に押し流され、機械の仮面は剥がれ落ちる。

〈は……あっ、ヒイロ……〉
内側が熱く締め上げるのを感じながら、デュオは片手でヒイロの臀部を押し込み、さらに深く求めさせる。
〈……だったら、奥まで突っ込めよ。遠慮すんな……〉
笑みと喘ぎを混ぜ、芝居がかった挑発で煽る。

ヒイロは呻きとともに沈み込んだ。
重い義体は浮力を無視してデュオを押し潰すようにのしかかる。
片手で腰骨を掴み、もう片方で背を鷲掴みにして沈める。
逃げ道を与えない圧力に、支持シートがきしみを上げた。
〈……欲しい。……溺れても、離せない〉
かすれた声は泡にかき消されながらも、異常な確かさを宿している。

胸板が押し付けられ、骨盤が深くぶつかるたび、液体全体がうねる。
デュオの指先が、ヒイロの背に爪痕が残るほど強く抱きしめる。
義眼の瞳孔が大きく開き、蕩けた光が揺れる。芝居か本音か、境界はもう曖昧だった。

二人の下腹の間に挟まれた昂るデュオのものが圧し潰され、転がされる。
その刺激が内側から来る快楽と重なって、堪えきれずに口を開いた。
〈……っ、いい、そのまま……早くいかせろ〉
挑発と懇願が混じり、泡と一緒にヒイロの耳へ届く。

ヒイロは応えるようにさらに力を込めた。
指が腰骨に食い込み、背を押さえる手がさらに沈める。
肺は悲鳴を上げ、視界は白く揺れるのに、衝動は止まらない。
骨ごとぶつけるように腰を打ち付け、なおも奥を求めて突き進んだ。

快楽に震える声が、無線越しにかすれた。
〈……皮膚の感覚も大半ないし、義肢も焼けてガタガタでさ……〉
笑い混じりに吐き出すが、痺れる痛みと熱が声に滲む。
〈正直、俺は半分壊れてる。……でも〉
腰を揺らしながら額を寄せ、吐息を絡める。
〈おまえと触れてるとこだけは……ちゃんと感じる。……それでいいんだ〉

ヒイロの眉がわずかに寄る。
〈……無理はするな〉
短い言葉に焦りと戸惑いが滲む。だが腕は強く抱き締めるばかりだった。

デュオは微かに笑みを浮かべる。
〈なあ……俺、人間ぽくやれてるか? ……もしそう見えるなら、壊れたって構わねえ〉

ヒイロは答えられなかった。
自分は機械だ。感情を持たず任務のために動く道具だ。
──そう定義してきたはずだった。
機械でも、形だけなら人を満足させられることは知っている。
だが、いま揺さぶられているのは“自分の内側”だった。

デュオの声に震える熱が混じり、抱き込んだ身体は確かに応えている。
その感触が、冷徹な自己認識を容赦なく揺さぶってくる。

理性は「応じるな」と叫んだ。
だが肺を焼く苦しみさえ、今は欲望を煽る熱に変わっていた。
溺れてでも欲しい──その衝動がすべてを塗り潰す。

言葉は出なかった。
額に触れる体温と、指先に伝わる震えだけが答えとなる。
沈黙は拒絶ではなく、唯一許された承認だった。

苦しい。
普通ならとっくに意識を失っているはずだ。
だが義体の身体は酸素を効率的に使い、生を長く引き延ばす。
その猶予を、ヒイロは欲望のために使い果たす。

──使い果たしても構わない。

視界が白く灼ける。
限界のその瞬間、なおもデュオを抱き込む。
「……っ!」
二人のすべてが重なり、身体が痙攣するように震えた。

熱と欲望の証が溶け出していく。
液体に散った泡が絡み合い、二人の間に鮮やかな軌跡を描いた。

繋がりを解いたヒイロの胸が大きく震えた。
喉が痙攣し、鼻や口から小さな泡が連続して漏れ出す。
指先から力が抜け、身体がわずかに沈む。
あきらかに溺れ始めている。
〈……! バカ野郎!〉
デュオの瞳が大きく揺れる。声が低く落ち、芝居の響きが完全に消える。
ほんのさっき、液体を飲ませてしまった感触が甦り、焦りが全身を駆け巡った。
〈死ぬ気か!〉
無線越しに怒鳴りながら、ヒイロの背を抱き、強引に体勢を仰向けに変える。
支持シートが大きく沈み、二人ごと弾むように跳ね返った。

デュオはその反動を利用し、ヒイロを液面へと押しやった。
義肢の力が容赦なく働き、絡みついた脚を振りほどき、腕で背を押す。
液体が渦を巻いて割れ、ハッチの向こうへと導く。
水面を破った瞬間、肺が一気に空気を求めた。
ヒイロは喉を鳴らしながら酸素を吸い込み、胸を大きく震わせる。
膝を折って崩れ落ち、肩で荒く短く呼吸を繰り返した。

〈……ほんと、無茶ばっかりだなお前は〉
義肢の指先がまだ震えている。
さっきまで笑いながら煽っていたのが嘘のように、デュオの目は真剣だった。
ヒイロは荒い呼吸を整えようともせず、ただ睨み返す。
その視線を受け止めながら、デュオは肩をすくめた。

濡れた服が肌に張りつき、ヒイロの体温を奪っていく。
デュオは漂っていた未開封のタオルを指で弾き、ハッチの縁まで寄せてやった。
〈それ使え、新品だ。替えの服はこっち〉
透明袋に入ったシャツが浮かび、ヒイロの手に渡る。
〈濡れたまんま帰るよりマシだろ〉

ヒイロは何も言わず、それを受け取り、濡れた髪と身体を拭い、シャツを身に着けた。
デュオは口の端を歪める。
〈……便利だろ、俺の散らかし〉
泡が昇り、鰭のような病衣が漂う──その残像を瞳に焼き付けるように、ヒイロはゆっくり瞼を閉じる。

──その夜は、ただそれで終わった。


治療区画の扉が開けば、低い機械音と消毒薬の匂い。
青緑の光に満たされたキュービクルの中、デュオは交換パーツの取り寄せを待って、今日も液体に沈められている。
髪が揺れ、病衣がひらめくその姿は、他人の目にはただの患者の一人だ。

「調子はどうだ?」
医師がモニターを覗き込みながら軽く声をかける。
口調は穏やかだが、視線は患部や義肢の接合部ばかりをなぞっていた。
人間に話しかけているというより、展示物を検分しているような目だった。
タブレットに数値を入力し終えると、すぐに次の区画へ移っていく。

「ドレーン交換しますねー」
看護師がやってきてシートをハッチ近くまで引き上げ、廃液のたまったバッグを手早く付け替えていく。

「私物やゴミはちゃんとまとめてください!」
清掃職員が漂う空袋を網で掬いながら叱りつける。
デュオは片手をひらひらさせて返す。
〈へいへい〉

そんなやり取りは、普通の病室の光景と変わらなかった。
むしろ重傷者にしては、普段に近い生活を送れる便利な治療室──スタッフにとってはその程度の認識なのだ。

シートに身を預けながら、デュオは息を吐く。
身体の奥に残る熱が、不意に思い出される。

これに欲情するのはあいつだけだ。
どっかおかしいんじゃないのか?

昼過ぎ、再びヒイロは姿を見せた。
キュービクルは不透明化されていて、中の様子は見えない。
ヒイロは壁際に立ち、昨日の記憶を反芻するように無言で目を伏せていた。

やがて、不意に無線が入る。
〈……よお。昨日の俺、なんか変な夢見てた気がする〉
軽口めいた声。普段と変わらない調子。
〈夢じゃない〉
ヒイロは短く返した。

一瞬の間。
次の言葉は、わざとらしいほど軽い。
〈そっか。じゃあ夢にしとくか。俺らのためにもな〉
ヒイロは返さなかった。ただ、その選択を否定もしなかった。
〈……やっぱ黙るんだな〉
泡を一つ二つ、吐く音がかすかに聞こえた。
〈お前な、息できねえくせに突っ込んできて、俺に口移しされて……溺れかけて……〉
〈正直、アレ死ぬほど笑えたぞ。いや死ぬとこだったのはお前か〉

モニターの光が静かに明滅する。
ヒイロは一度だけ息を吐き、低く答えた。

〈……それでも待てなかった〉

ふいに、通信の向こうで沈黙が生まれる。
だがすぐに、堪えきれないような笑い声が弾けた。

〈ははっ……! バカだなあ。……でも、嫌いじゃねえよ〉

青緑の光が差し、ヒイロの横顔が静かに照らされる。
その口元は固いまま──だが耳の奥が、ほんのわずかに赤く染まっていた。

入院編:終