断章:デブリーフィング

断章:デブリーフィング

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翌晩、未明。
デブリーフィングのラウンジは、幾何学模様の透かし彫りを抜けてくるランプの光に満ちていた。
ひととおりの質疑応答が終わったあと、ヒイロが無言で席を立った。
「外の空気を吸ってくる」とだけ言い残し、出ていった。

ドアが閉まるのを見届けて、デュオが椅子の背にもたれながら口を開く。
「……なあ、あの外交官、今どこにいる?」

トロワが顔を上げる。
「リリーナ・ドーリアンか。……まさかとは思うが、一目惚れか?」

「いや違ぇよ! ただ、あいつ……ヒイロが、なんか変でさ」
デュオは指でテーブルをとんとん叩きながら、苦笑した。

カトルが端末を閉じ、ため息をつく。
「変じゃない時なんてありました?」

「今回は“無茶しない”方向の変さなんだよ」

その言葉に、五飛が腕を組んだままぼそりと言う。
「……それはそれで不気味だな」

小さな笑いが起きた。
けれど、デュオの目の奥の引っかかりは消えなかった。

ヒイロは、あれ以来ほとんど喋らない。
戦闘の緊張が解けたはずなのに、どこか遠くを見るような目をしていた。
それが“心の整理”なのか、“迷い”なのか──デュオには判別できない。
ただ、放っておくには静かすぎた。

あんな顔をして黙り込むやつを、昔何人も見た。
──大抵、翌朝にはいなかった。

ラウンジを出たあと、デュオはひとり通路を歩いた。
悩んだ末に端末を取り出し、数行の文を入力した。

Subject:
(no subject)

Body:
Your message reached him.
That’s all. Stay safe.

これ以上の説明は不要だ。
ただ、「届いた」とだけ伝わればいい。

送信完了のメッセージが出る。
それを見届けて、デュオは静かに息を吐いた。

──その頃、遠く離れた場所。
リリーナ・ドーリアンの机上に、通知音が小さく響いた。
匿名の差出人。
本文を読んで、彼女は静かに画面を閉じた。

短い言葉だったが、そこに込められた想いを察するのに時間は要らなかった。
ヒイロから聞いたあの話──
もうひとりのヒイロの存在。

その瞳がどんなものを見てきたのか、彼女は想像する。
想像するしかないことを、想像できると信じていた。

「あいつは、自分の意思で生きている」
「だから、もう俺の影じゃない」

そう言っていたヒイロの横顔を、リリーナは思い出した。
その言葉の意味が、ようやく胸の奥でかたちになる。

彼の「運命」は、確かに誰かに届いた。
そして今度は、彼女の言葉が世界に届いた。

リリーナは窓の外を見る。
夜明け前の空が、薄く光を帯びている。

Stay safe.

……そうね、あなたも。

声にならない返事が、部屋の静けさに溶けていった。

断章:デブリーフィング:終