断章:待機

断章:待機

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廃ビルの上階。
割れた窓から夜風が入り込み、遠くでは断続的に銃声が響いていた。
トロワと五飛が戦場を駆け回っている。直接見ていなくても、戦術リンクには彼らの動向が逐一流れ込んでくる。
こっちは待機だ。リンクを防衛しながら、転がってきたこぼれ球を拾うだけの仕事。

デュオは膝の上に端末を置き、流れるログを監視していた。
時折、端末が低く鳴き、数十秒だけ目を閉じて思考で端末を操作する。
その間は冗談も言わず、全神経を注ぎ込む。
処理が終われば、ふぅと息を吐き、壁にだらしなくもたれる。

「……退屈だな」

バッグを探り、紙包みを取り出した。
開封すると油を吸った肉団子のようなものに、赤黒いソースがかかっている。
刺激のある妙な匂いが漂う。
「じゃーん。俺の故郷の味です」
ヒイロは視線を一瞬だけ向けて、窓の外へ戻した。
「見た目はアレだが、うまいんだぜ。食う?」
「必要ない」
「おいおい、同じ空気吸ってんのに、同じ釜の飯は食わねえのかよ」
デュオはわざとらしく肩をすくめる。団子をひと口かじり、意味ありげに笑った。
「……さては俺に惚れてんだろ」

「違う」
間髪を入れずに返る。抑揚はない。だが即答すぎて、逆に不自然だ。

(……やっぱりな)
デュオは舌打ちしつつも心の中で笑みを浮かべる。
(普通なら「馬鹿を言え」で済む話を、真顔で即答かよ)

団子をもう一つかじりながら、デュオは横目でヒイロを観察した。
銃を構えた姿勢は崩さない。顔は無表情。
だが、ほんの一瞬、こちらに視線を投げるときの硬さ──あれは機械じゃできない仕草だ。

(……こいつ、自覚してねえか、認めたくないか、そのどっちかだ)
デュオは頬の裏で笑いを噛み殺した。
(おもしれえ。お前がそう来るなら、俺は受け止めてやる。まあ見てろよ)

外では銃声が遠くに響き続けている。
戦場の気配の中で、二人の潜伏は不釣り合いに静かだった。

やがてデュオは携帯コンロに火をつけ、インスタントスープのパックを温めた。
温まったパックの中身をマグにあけ、ヒイロの前に差し出す。
「ほら、ただのスープだ。燃料だと思え」

差し出されたマグを、ヒイロは警戒の色を隠さず、しかし──受け取った。
「……っ」
湯気の匂いに眉がわずかに動き、吐き気が喉を揺らした。
それでも視線を逸らさず口をつける。
暖かい温度が唇に触れて、ますます吐き気は強くなる。
もう何年も、自分は普通の食べ物を口にしていない。

飲み下すと覚悟を決めるまでに勇気を要した。

一口、二口。
胃に落ちる熱。三口めでようやく、かすかな感覚がひっかかった。

(……知っているかもしれない。この温かさを)

義体の感覚制御が微細にノイズを走らせる。
指先がわずかに震え、マグを持つ手に力がこもる。

(これは、何だ……?)

記憶にはない。記録にも、そんなデータは残っていない。
だが、体は反応している。
演算の結果でも、プログラムされた行動でもない。
単なる「熱」に、何かが揺らいでいる。

湯気の向こうに、微かな記憶の残響がかすめた。
湿った夜風。テーブル代わりの錆びた金属の階段に広げられた、何か。
何かを差し出す手──自分に似た手。
白い光。テーブルの上に並ぶ、何か。
何かを差し出す手──柔らかな輪郭の、どこか懐かしい手。
そこから先は、ノイズがかぶって何も見えない。

胸の奥がざらついた。
エラーのようでいて、どこか懐かしい。

(……なぜ、こんなものに)

ヒイロは視線を落としたまま、息を押し殺した。
もう一口、ゆっくりと飲み干す。
熱が胃の底に沈み、感覚が人間のそれに近づいていくような錯覚がした。

「だろ?」
デュオは嬉しそうにマグを持ち上げてみせる。「人間はこれで動くんだ」

笑いだしそうになるのを堪える。
心の中では小さくガッツポーズを取っていた。
(やったな! こいつ、サイボーグ食以外を口にしたぞ……!)

けれど声には出さない。
任務中だ。今ここで褒めたら、きっと全部台無しになる。

デュオはマグを軽くぶつける仕草で宙に傾けた。
「……まあ、燃料補給完了ってことで」

外ではまた銃声が鳴り、風が割れた窓から吹き込む。
それでも、湯気の気配だけはしばらく消えずに漂っていた。

断章:待機:終