A.C.0195 Operation Meteor "if"

皆が寝静まった頃を見計らってこっそり抜け出した外は、相も変わらず雪が降っていた。
デュオ・マックスウェルは防寒着の襟を合わせながら、空を見上げた。それは半ば習慣とさえ化した動作。
だが、頭上には二年も前からずっと変わることのない曇天が広がっているだけだ。そうする間にも強い風が轟音を轟かせ広場の中を抜け、立ちすくむデュオの服に容赦なく雪を叩きつけ、まんべんなく白く染め上げていく。
デュオにはとても信じられない話だったが、コロニーが落ちる前の昔、ここは数百万人の人々が住む、冬なお温暖な暮らしやすい土地だったという。
それが今ではどうだろう。雪と氷にうずもれて白い廃墟となった大都市に、数百人のほんのわずかな人々が身を寄せ合うようにして、明日はどうなるかもわからない暮らしを細々と続けているだけだ。
ここからわずか数百キロ南には、直径一千キロにも及ぶ巨大なクレーター海が口を開けている。そこにも昔は、世界中の教科書にその事業が記されるほどの、古く歴史のある大運河があったという。その運河もまた、はるか宇宙から落とされたコロニーによって、海峡ごと粉砕されて、今ではクレーターの底に静かに眠っている。
あたりに照明はまったくなかった。深く積もった雪を切り開いて作った道は、確か今日の昼間に綺麗にしたはずだったが、すでに数十センチメートルの積雪に覆われている。その上を歩くとはっきりと足跡が残ったが、新たに降り積もる雪がすぐにもあとを消してくれるだろう。
途中で一度だけ、デュオは後ろを振り返って、誰にも尾けられていないのを確認した。夜目は比較的利く方だったし、レジスタンスの連中を出し抜くだけの技量を自分は持ち合わせているつもりでいる。
数百メートルも雪道を行くと、突然下りの階段が姿を見せた。雪と氷の重みで屋根が潰れているがそれは、以前は地下街への入口だったところだ。今でも人々はここを、互いに行き交うための連絡通路として使っている。誰かが開けた氷の隙間に体を滑り込ませると、そこはもうなんの光も届かない漆黒の空間である。ペンライトの明かりなしでは、とても歩けたものでもない。
左手に掲げたライトが落とす頼りない光の輪の中に、階段がおぼろげに浮かび上がる。てらてらと光を照り返すそれは、天井、手すり、照明の残骸、あらゆるところからぞろりと伸びた氷柱の群れだ。それだけでなく、足元も元々排水路だったところだけでなく、通路、階段、すべてが氷に閉ざされている。ちょっと見ただけなら、石灰岩が氷に置き換わっただけで、鍾乳洞に似た風景といえなくもない。
入口近くの手すりに新しいロープがくくりつけられている。半ば凍りついたそれを伝い、半分滑り落ちるようにしながら、もとはきちんと段差があったはずの階段を降りると、今度は複雑な分岐をもった広大な通路群が目の前にあらわれた。昔は、ここにはあらゆる種類の店舗が軒を並べ、昼夜の区別なく常に人込みで賑わっていたという。下ろされたシャッターはとっくの昔に人々によって破壊されて、今では見る影も残っていない。
道はちゃんと覚えている。この前通ったのは三ヶ月も前のことだったが、デュオのたどる足取りに迷いはまったくない。何度も何度も角を折れ、地下街の果てを目指してどこまでも歩く。

半時間ほども地下を進んだあとに再び地上に出ると、そこはもう日常生活の範疇から完全に外れた場所である。レジスタンスの見張りも、雪の多い今夜はいない。今度は息をひそめる必要もなく、デュオは比較的積雪の少ないところを選んで堂々と歩いた。途中何度も雪に埋まったり、足をとられて頭から雪まみれになったりしたが、だからといって途中で諦めて帰ることは考えなかった。
地上に出てから約一時間半、普通に生活するよりも何倍もの体力を消費して、なおかつ何時間もの睡眠を削り、誰にも悟られることのないように行動するのだから、滅多にこんなところまでは出てこられない。その代わり、ここまで来れば他の村との交通ルートとも、レジスタンスの防衛範囲からも外れているから、誰かに見つかる心配もない。
長い道のりの果てに、デュオはある地下倉庫の前に立った。古びて錆びの浮いた通用扉の表面にうっすらと氷が張っていて、留守にしていた三ヶ月の間に他人が侵入した形跡はない。そのことにとりあえずデュオは安堵した。暗証式ロックにも異常は見当たらない。
表面についた氷を払い落とし、手早く暗証コードを入力する。すると、一見死んでいるように思われたディスプレイに光がよみがえり、バシュ、と音がしてロックが開く。
ぎりぎり通れる幅だけ扉を開いて体を中に滑り込ませると、ペンライトの淡い光に巨大な影が映る。その影は人間に似ていたが、大きさは人間のおよそ十倍ほどもあり、氷をまとった滑らかな表面は漆黒の色を宿している。片膝を床について頭を深く垂れ、まるで眼前の青年に対して臣下の礼を取っているように見える―――それは巨大なモビルスーツ。
デュオはやっと表情を崩し、黒いモビルスーツに向かって笑いかけた。
「よお、相棒。元気だったか?」
モビルスーツが返事をするわけもなかったが、デュオは足がかりになりそうなところを選んで氷を撫でるように払い落としてやる。一体どんな素材で造られているのか、黒い装甲は軽く手を触れただけでパラパラと氷の薄板を落とし、本来の姿を現した。
すかさず装甲の隙間に足をかけ、コクピットハッチまで数メートルの高さをよじ登る。目につかない場所に設置されている手動コックを回してハッチを開く。腹部の装甲板が手前に倒れて新しく足場を作り、さらに中の装甲が左右にずれて、その奥に球体の一部を切り取ったようなエアロックが現れる。
エアロックの向こうは球体コクピットだ。大型平面のマルチディスプレイモニタと複雑なコントロール機器に周囲をぎっしりと囲まれて、デュオがやっとのことで体を押し込められるくらいのシートが中央に収まっている。
「何か新しいことはあったかな、と……」
シートに腰を落ち着けたデュオがキーボードを叩くと、それに応えるようにディスプレイに光が戻っていく。彼が不在の間にも、このモビルスーツのコンピュータは最低限の電力で世界のコンピュータネットワークにアクセスし、情報を収集していたのだ。
コマンドを入力し終え、コンピュータがデータを整理して応答を返してくるまでの間、デュオはシートにもたれ、軽食代わりにくすねてきたフルーツ・バーを口に入れつつ考え事にふけった。フルーツ・バーの包装に印刷された数字は、それの品質保持期限が一年半も前に過ぎていることを表していたが、そんなことを仔細に気にかけていてはこの廃墟で生きていけない。それよりも、その数字はもっと別の意味を持って、デュオの記憶に奔流のように押し迫ってくるのだ。
破り取った包装に目を凝らせば凝らすほど、デュオは自分が生きて今ここにいるというのが、幻やまやかしの類ではないかという気がしてくるのだった。それまでの人生でも、普通の人々の生涯と比べれば波乱に満ちた環境を生き抜いてきた彼にとってさえ、この二年間ほど強烈で、なおかつ現実感の奇妙に失せた日々はなかった。
ましてや、それまでをごく平凡に暮らしてきた人々の目には、今の世界はどんな風に映っているのだろう。そんなことを考えながら、デュオはゆっくりと目を閉じる。
このコクピットで過ごす時くらいは忘れていたいことなのに、どうしても思い出さずにはいられない。
もう、二年が経つのだ。このモビルスーツ―――黒いガンダムタイプ、デスサイズとともに地球に降り立った、あるいは地球に長い長い冬が訪れた、あの時から。

二年前にコロニーが落ちて、そうしてデュオは地球に降りてきた。地球圏統一連合と、いや、その中に潜む秘密結社『OZ』と戦争をするために。
その戦争の、オペレーション・メテオと名づけられた作戦の目的はこうだった。
搾取にあえぐ『植民地』コロニーを恐怖政治から解放すること。コロニーに自治権を認めさせること。できうれば、コロニーの独立を承認させること。デュオは頭からそれらのお題目を信じていたわけではなかったし、裏の事情も多少は知っていた。
戦争の端緒は、必ず経済によって開かれる。それは今回の戦争とて例外ではない。
現在の地球圏には、大きく分けて三つの経済圏がある。ひとつは地球のヨーロッパ地域を本拠地とするロームフェラ財団系列、今ひとつはL3宙域のバートン財団系列、そしてL4を代表する首長家であるウィナーをトップとした財閥系列。その他にも無数にひしめく財閥や国の思惑が経済を動かし、ひいては地球圏を動かす。何も人々を戦争に駆り立てるのは、綺麗なお題目だけではないのだ。
大雑把に説明するなら、まずオペレーションメテオに関わる組織に活動資金を与えていたのがバートン財団である。この財団を率いる総帥デキム・バートンは、かつての政治活動家ヒイロ・ユイを援助していた。ヒイロ・ユイはその一生をかけてコロニーの独立と経済の安定化を図った人物である。アフターコロニー暦一七五年、ヒイロ・ユイが志半ばにして凶弾に倒れた後、デキム・バートンはヒイロ・ユイの側近であったカーンズと手を組み、ひそやかに彼の遺志を継いだ。ただし、ヒイロ・ユイの提唱していた話し合いによる解決ではなく、最後の判断―――武力によっての解決を望んで。
ロームフェラ財団がそうであるように、バートン財団も地球圏統一連合と莫大な取り引きのある、一種の『死の商人』であった。そうでなくても、あらゆる産業は最終的には軍事につながる。そして、地球を本拠地とし長い歴史を持つロームフェラと違って、元来から宇宙という不安定な経済基盤しか持たないバートン財団は、今後の財団の将来を占うかのように、一か八かの賭けに出たのだ。
それが今回の戦争である。戦争が起これば、地球圏の軍事産業は戦争という最大の不毛な消費活動の刺激によって、想像もできない規模の発展を見せるだろう。ましてや、連合はコロニーを完全な支配下に置くためのきっかけを、獲物を待ち伏せする虎のように今か今かと待ち構えていたのだ。
一方ではコロニーの独立を望む活動家たちを煽動し、一方では連合に肩入れする。結果生まれる富で、みずからのための新しい経済基盤を作り上げる。
それがバートン財団のやり方なのである。少なくとも、同じ連合内で秘密結社『OZ』と特別組織『スペシャルズ』、優れたモビルスーツ技術を武器とするロームフェラ財団と同等に渡り合うためには、そうするしか手段はなかったのだ。
当時のデュオが知っていた事情はそこまでである。連合を、ひいては地球圏すべてを食い物にしようとするOZさえ倒せば、少なくともコロニーを支配しようとするロームフェラの勢力は弱まる。戦争が終わって、少しくらいはコロニーの立場は良くなるのだと信じていた。
連合の上層部にも同じ思惑があったのだろう。だから彼らは、オペレーションメテオの概要を事前に察知したにも関わらず、計画の実行を黙認したのである。そうして最初のひとつのコロニー、X?18999が地上に落とされた。ただし、その後から、連合とバートン財団と、独立活動家たちの思惑は完全に異なってしまった。もしくは、バートン財団―――デキム・バートンは、それまで真なる野望を深く押し隠していることに成功していたのだろう。
彼の本当の野望はコロニーの独立自治は論外、経済的基盤の独占獲得のみならず、地球圏のすべてを欲し、己のものとせんとすることだったのである。
地球にコロニーが落ち、数十億人の人間が死んでも、何も変わりはしなかった。
ただ、支配の主が代わっただけだったのだ。

今にして思えば、何と自分は愚かだったのだろうと思う。
ガンダムタイプのパイロットとして訓練を受けていた頃の自分は、思い出すだけで頭を掻き毟りたくなるくらいに傲慢で、自己を過大評価していた。自分は優秀で、ひとりで世界をどうにかできると思い込んでいた―――まあ、それは極端な例えだとしても、遠からず的を射ている表現ではあるとデュオは思う。
あの頃の自分は。
自分にとって大事な人々を奪い去った連合に、復讐がしたかった。
お前の行為はコロニーの意志と言われ、自分が何かの役に立てることが嬉しかった。
計画の裏を知りつつも、裏の意志までをも知ることのないまま、そう思っていた。
そうしてふと気づけば、どうしようもない大きな流れに突き動かされて、のっぴきならないところまで来てしまっていた。一時は、ガンダムと活動拠点を爆破して、自死することさえ考えた。しかし、その考えはすぐに捨てた。自分が死に、ガンダムが破壊されたところで、バートン財団はすかさず代わりを用意するだろう。それは自分だけでなく、新しい次のデュオ・マックスウェルを生み出すことに過ぎない。ならば、とデュオは覚悟を決めたのだ。
どうせなら、ちょうどいい自分が汚れ役になろうと。
結局、デュオはコロニーの落ちた地に降り立って戦うことを選んだ。
墨を溶かしたような豪雨が降り注ぐ中を、あるいは放射能にまみれ、衝撃波の吹き荒れたあとの荒地をガンダムとともに駆け抜け、ただ闇雲に戦い、一週間も経たないうちに戦争は終わった。終わったにも関わらず、何千人もの血で自らの手を染めたにも関わらず、デュオの望んだものは何もやってこなかった。
デュオは再び決断しなければならず、コロニーに帰ることを拒んだ。
ガンダムとともにコロニーに帰還すれば、きっと華々しい英雄扱いだっただろう。あるいは逆に、内情を知る者として財団に抹殺されたかもしれない。そのどちらの道も、デュオは選びたくなかった。
ただ、時を待つことを選んだ。レジスタンスと共に、クーデター政府を倒す戦いに身を投じることも考えたが、彼らの無謀な策略に力を貸す気にはとてもなれなかったし、ましてガンダムを強力な戦力、ましてや独立のシンボルとされるのは絶対に御免だった。
それは、ある意味で『逃げ』の選択だったのかもしれない。けれどもデュオは、事を起こすには、時機というものがいかに重要であるかを知っていた。だから二年もの間を、市井にまぎれて暮らしつつ、時代の流れを見極めようとしていたのだ。
その『時』が具体的に何を指すのかは、デュオ本人にもわからない。しかし、感覚でわかる。手応えでわかる。『時』が来た、と感じたときに動き出せばいい。
思考がたどりついた瞬間。
アラームが短く鳴り、コンピュータが外部の異常を伝えてきた。

二年振りに発せられる警告音が、デュオの意識を現実に引き戻す。
デュオは反射的に身を引き起こし、近距離センサーに現れた光点を凝視した。
「モビルスーツの駆動音だって!」
四時方向から、光点はこちらを目指してなお接近してくる。まさか、ここにガンダムを隠していることが察知されたのか? それにしては光点の数が、たったのひとつ。偵察機なのか、それとも……。
いずれにせよ、もし敵であれば、いつまでもこちらが地下に潜んでいるのは不利になる。
そう判断した瞬間からのデュオの行動は早かった。
情報分析を打ち切り、モノポール反応炉エンジンの駆動モードを休眠モードから準戦闘モードへ。複雑なコンソールを駆け回って操作する指の動きの確かさにも、徐々にエンジン音を高鳴らせていく機体のコンディションにも、二年というブランクはまるで感じられない。民間人として暮らしている間にも、ひそかにデスサイズの定期メンテナンスを続けていたおかげだ。
モニタに逐一報告される機体各部の情報を読みつつ、デュオはシートの背中からショックアブソーバの内蔵されたシートベルトを引き出して手早く装着した。肩から胸、胴から腰周りまでを完全に覆ってしまうアブソーバは、中世の騎士たちが身につけたという鎧の形に似ていなくもない。だからだろうか、久しぶりにシートベルトを締めると、不思議に精神が高揚していくのがわかった。
やはり、己の本質は戦うことなのだろうか?
光点はなおも距離を縮めてくる。もう、三キロとは離れていない。移動速度は―――そう、ちょうどモビルスーツが地上をスラスターの推力でホバー移動するくらい。エンジン音のパターンから割り出される形式は不明。自機が捉えているのは音源のみで、逆に金属反応のセンサは沈黙のうちに敵の存在を否定しようとする。 「……おいおい」
勘弁してくれよというように、デュオが呟く。
「まさか、レジスタンスが潜伏してるってのか、バレたんじゃないだろうな」
あり得ない話ではない。地球の衛星軌道上には、数千もの軍事衛星が周回している。特に軍事目的の観測衛星に搭載された画像解析コンピュータの性能はすさまじく、その分解能は一メートル以下に達する。
デュオの不穏な予感をさらに確実にするかのように、新たな警告音がコクピットに響いた。今度は複数だ。それらはちょうど、先ほどの形式不明機を追うように後続してくる。
「本隊かあ?」
これは厄介なことになった、とデュオは感じた。モビルスーツ部隊はこちらに向かって真っ直ぐに進んでくる。目的ははっきりとわからないが、恐らくレジスタンスの撲滅とみて間違いないだろう。人間とモビルスーツの戦闘など、結果はわかりきっている。
いや、レジスタンスだけならまだいい。この街には民間人が住んでいる。市街地で戦闘が起これば、彼らは間違いなく巻き込まれてしまう。一年と少しという、長いとは言えない期間であっても、その間に親しくなった人々の顔を思い浮かべると、デュオは彼らが犠牲になる可能性を無視できなかった。
迷っている時間はない。
廃墟の外で迎え撃つ。デュオは意を決して掌の中にコントロール・レバーを握り締めた。モビルスーツの瞳にグリーンの光が宿り、モーターの唸りを上げて機体が身じろぎするのにあわせて、機体の表面に貼り付いていた氷がバラバラとこぼれて落ちる。その姿は、まるで卵から今まさに孵化しようとする恐竜のようでもあり、魂が宿った太古の彫像のようでもあった。

蛍光グリーンに光る巨大な刃は、加速粒子を強力な磁界で閉じ込めて形成されたもの。長い竿状の握りと大きく湾曲した刃は、まるで死神が魂を刈るための鎌のようにも見える。これがデスサイズの名前の由来となった、漆黒のモビルスーツが携える最大の武器。
その鎌を最大出力で振るって倉庫の壁を地盤ごと破り、デスサイズが地上に踊り出た。
「形式不明のモビルスーツ……あれか!」
デスサイズのモニタが、雪煙を上げつつ移動してくる物体を捉えた。すぐさま光学映像は解析され、コンピュータ処理されてディスプレイに映し出される。その画像を見て、デュオは少なからず驚いた。
「あれは、ガンダムじゃねーかっ」
不明機が何であるか認識した瞬間、思わず声に出して叫んでいた。
それはまさしくガンダムタイプのモビルスーツだった。頭部前面に大きく張り出したアンテナ、人間の眼球と同じ構造を持たされている緑色の双眼、何よりもそのフォルムはデュオの愛機とそっくり同じだった。カラーリングと、背中に備えられている翼にも似た一対の巨大な推進ユニットだけが違う。
あのガンダムタイプは見たことがある。ネットワークから収集したデータ群の中に、映像データだけは入っていたはずだ。確か、01タイプと呼ばれていた機体。
こちらが相手の姿を認めたように、相手もデスサイズを認識したはずだが、01タイプはなおもこちらに向かって突っ込んでくる。いや、むしろ彼を新たな敵として認識したらしく、俄に背中の翼を広げて跳躍すると、ビームサーベルをシールドから抜き、一気に間合いを詰めて斬りかかって来た。しかし、そんな大振りの攻撃を甘んじて受けるデュオでもない。すかさず鎌―――ビームシザーズを機体上部にかざし、加速粒子同士が作り出す強力な衝撃を、うまく機体全身のバネで吸収させて受け止める。
デュオは、自分の中に久しぶりに闘争本能が沸き立ってくるのを感じた。血液が全身を駆け巡っていくのがわかる一方で、不思議に意識は明瞭ですっきりとしている。
「やるか、面白えっ!」
01タイプも攻撃を受けられるのは予想していたらしく、その打ち込みは諦めて機体を左に沈み込ませ、デスサイズの右から真っ直ぐ斬り下ろしてきた。01タイプもそうだが、デスサイズのシールドは左腕にある。必然的に、右からの攻撃は受け止めにくくなる。
ガンダニウム合金の装甲表面に重い衝撃が走る。ガンダニウム合金は表面でビームを分散し、受け止めて内部へのダメージを減衰させるという優れた性能を持っているが、打ち込みの衝撃自体を吸収することはできない。
「それも計算のうちっ」
上半身をひねってかわし、サイドスカートに大きな瑕ができるのにかまわず左に踏み出し、背後から相手の腰を斬るようにシザーズを振り抜く。うまく当たればコクピットを叩き斬れるはずだったが、それよりも一瞬早く体勢を立て直した01タイプのシールドに阻まれた。咄嗟にデュオはフットバーを蹴り、機体を後退させて間合いを取り直す。その間にもマシンカノンを牽制射撃。火線が01タイプの白い装甲に弾ける。
だが、やはり同じガンダニウム装甲であろう相手は、マシンカノンの三五ミリ弾程度の衝撃ではびくともしない。悠然とビームサーベルを構え直し、同じようにこちらの隙を窺っている。その背中に、身の丈近くもあろうかという長大な砲身が収納されているのが垣間見え、デュオは首を捻った。
「なんで、あれを使わないんだ?」
ちょっと見たところ、それはビームライフルのように見えた。だが、デュオが知っているどのビームライフルのタイプにも似ていない。強いていえばトーラスのビームカノンに似ていなくもないが、何より大きさが違いすぎる。あんなに長い砲身のライフルは見たことがない。
モビルスーツ戦の基本として、相手と同じ間合いで戦おうとするのは誤りである。ましてや、あんなに射撃精度、威力ともに桁の外れていそうな武器を装備しているのなら、まず遠・中距離から使ってこない方がおかしい。
(まさか、エネルギー切れだったりして)
そこまででデュオは悩むのを止めた。自分の得意な白兵戦で戦うことができるのだから、それはそれで有難い。
にらみ合いが数秒続き、不意に01タイプがサーベルで足もとの雪を切り払った。
途端に猛烈な雪煙と湯気があたりを覆う。デスサイズのモニタはたちまち真っ白にホワイトアウトした。 「うわっ、なんだこれ!」
一瞬視界を奪われ、面食らったデュオは、熱感知センサーや画像ディスプレイから、相手の影が消えたことに慌てた。それでも煙幕を食らったことは理解できたので、反射的にシザーズを頭上にかざす。が、予想していた頭上に敵影は現れなかった。
かわりに、左から重く、強烈な衝撃が加わる。雪煙にまぎれて左に回り込んだ01タイプが、デスサイズに体当たりを食らわせたのだ。もともと積雪で足場が不安定だったため、不覚にも機体はどうと雪の中に倒れ込んだ。ビームサーベルの切っ先がコクピットを貫かんとデスサイズとデュオに襲いかかる。
「まだまだっ!」
型も何もかなぐり捨てて、横向きに倒れ込んだままデュオは左キックを繰り出した。さすがに01タイプはその動きを読んでいなかったらしく、切っ先を引いて蹴りをかわした。その隙にデュオは半分解けた雪の上に体勢を立て直し、大きく息をついた。
「畜生、煙幕は俺の専売特許だろが……」
軽口を叩き、顔には笑みを浮かべたままだが、コバルトの瞳から余裕の表情は消えている。
「来いよ、鳥野郎!」
吠えて、デスサイズが再び攻勢に転じた。四肢のアクチュエータの駆動が生み出す旋律が、オクターブの音階を一気に駆け上がる。蹴散らされた雪が白く視界を染める中で、01タイプがサーベルを構え、旋回運動を取ってデスサイズの後ろに回り込もうとしているのが見えた。
これはフェイント。冷静にデュオの頭脳が判断を下す。慌ててこちらが制動をかけ、方向転換をして迎え撃とうとすれば、振り返る前に切り捨てられる。デュオは機体を止めずにスラスターに直結するスロットルを一瞬で最大に解放し、放物線を描いて空中に跳んだ。背後からの奇襲をかわせた代わりに、二十ミリバルカン砲の連射が雨のように機体に叩きつけられる。が、装甲は連射を受けていくつも窪みを作ったものの、ダメージは計上できるほどにも発生しない。もっとも、モニタやセンサーなど、デリケートな部位に当たれば、いくらガンダムタイプだろうと、ただでは済まないのであるが。
脚部サスペンションを最大まで沈み込ませて着地。シザーズを大きく振り、その勢いを利用して百八十度の方向転換。がら開きになった胴に打ち込まれるビームの刃をシールドで受け止める。加速粒子の束が互いにぶつかり合い、大気中にプラズマを発生させ、イオン化した高温の空気が雪原にゆらめく陽炎を生み出す。
互いの打ち込みを受け止め、退いてかわし、斬りつけ、また間合いをとって離れる。もし、この戦いを遠くから第三者が見ているとしたら、二機が繰り広げる一連の動きは、さながら舞のように見えただろう。
何度も相手と斬り結びながらも決定的なダメージを与えられず、デュオは次第に焦り始めた。このままだらだらと一騎討ちを続ければ、後続の応援部隊が追いついてきて厄介なことになる。政府軍の量産機なら数十機がまとめてかかってきても相手になれる自信があるが、デスサイズと互角の能力を持つモビルスーツがそれに加わったとしたら、とても勝てる見込みはない。逆に言えば、眼前の01タイプの能力は、その性能もさることながら、パイロットの腕前もデュオと互角か、もしかしたらそれ以上と断定できるということだ。
近距離レーダーがアラームを発して、政府軍の射程範囲に自機が入ったことを教えた。
「ちっ、とうとう来やがったか」
逃げるか? チャフの散布スイッチに手をのばした瞬間、高エネルギー反応が接近する旨の警告が高鳴り、デュオはとっさに機体を伏せさせた。コンマ数秒の差で、頭上をビームの光が大気をゆるがせ通り過ぎていく。
「嘘っ」
思わずデュオは叫ぶ。政府軍の攻撃は、あまりにも通常のセオリーに反するものだった。
「政府軍は味方を見殺しにするつもりなのか?」
いくら何でも、射程範囲ぎりぎりから精度の悪い射撃攻撃をかけてくるとは、ガンダム相手とはいえ無茶苦茶だ。01タイプの援護にもならないどころか、下手をすれば01タイプに被害が出るどころでは済まない。
ディスプレイに視線を走らせると、01タイプはあの翼にも似たスラスターを広げて、宙へと舞い上がったところだった。その軌跡を追うように複数の火線が角度を上げていくが、一射たりとて命中しない。
「……まさか」
デュオはそこでようやく理解した。政府軍が追っているのは自分ではなく、この01タイプなのだ。追われた01タイプのパイロットは、行く手に現れたデスサイズを見て、新たな敵だと認識したのだろう。
01タイプが、あの長大なライフルを背中から抜き放ち、銃身を政府軍に向けた。いかにも急造仕立ての、粗雑な作りのライフルだということが見ただけでわかる。
あれでは射撃精度は期待できない。
思わず固唾をのんで見守りながらも、デュオは一瞬期待をかけた反動で、心のどこかに落胆を覚えずにいられなかった。
「返り討ちにあわなきゃいいんだけど……」
政府軍カラーである、ワインレッドとダークグレーのマーキングをつけたリーオーが01タイプに殺到する。その距離はもう、一キロにも満たない。高解像度のモニタの中で、リーオーのうちの数機が重バスーカ砲を構え、射撃体勢に入るのが見えた。
ホバリングが生み出す爆風が雪を舞い上げる中、01タイプが空中からリーオーに向かって狙いをつける。どれか一機に正確に照準をつけているような狙い方ではなかった。ライフルの先端にプラズマが発生し、小さな光球が、光が急速に銃口に収束していく。
ためらいなく01タイプがトリガーを引いた。
急激な光量の変化からパイロットを守るために、CG映像が急にコントラストを落とし、薄暗くなる中で、プラズマの奔流がディスプレイを白い色で灼き潰した。それは奔流というより、巨大にのたうつ河川のような勢いだった。通常のビームライフルの常識を遥かに超える、直径数百メートルの光の急流。あまりにも凄まじい威力が生み出す反動で、01タイプが後方に吹き飛んでいく。雪や、大気さえもが燃えあがったように見えたのは、あれはデュオの幻覚だったのだろうか?
十秒、いや、もっとだっただろうか、光が消え、あたりに静けさが戻ってくる頃には、政府軍の影はどこにも残っていなかった。あとには、幅数百メートル、長さ一キロ近くに渡る、剥き出しの黒焦げた大地が横たわっているだけだ。
デュオは安堵し、あんな武器を自分に向けて使われなくてよかったと思った。
伏せていた機体を立ち上がらせ、雪に沈んだまま動かない01タイプに近寄ってみる。落ちついて外見を観察すれば、装甲の随所が変形したり、脱落したりしていて、この機体が今まで経験してきた激しい戦いを思わせた。
「……死んじまったのか?」
もしパイロットが死んでいたら、これだけ似ている機体だ、使えそうなパーツを拝借してあとはそれなりに始末しておいてやろう。そう思ってモビルスーツの指でコクピットハッチを探し当て、ロックを解除しようとしたが指が大きすぎてうまくいかない。
何度か試してことごとく失敗し、苛立ちを隠し切れずにコクピットハッチから飛び出そうとしたとき、外部のセンサーが拾い出す音に意識せずして注意を惹かれた。
それはうめき声だった。互いの装甲が触れ合っているから、無線を使わなくてもお互いに音を伝え合う。準有線あるいは接触回線と呼んで、作戦行動に使われることもある。
「ちぇ、生きてんのか。おい、パイロット! 無事ならなんか言え!」
デュオの呼びかけに返事はない。ただ、荒い息遣いと、ときおり洩れる苦しそうな声が聞こえるだけだ。デュオは何秒か逡巡して、結局愛用の銃をズボンのウェストに突っ込み、コクピットハッチを開いた。寒風が雪つぶてとともに吹きつけ、頬や耳が刺さるような寒気に痛む。
デスサイズの腕から相手のコクピットブロックに飛び降り、手動ロックを解除してハッチを強制開放する。その位置も手順も、デスサイズのものとまったく同じだ。外見も確かによく似ていたが、本当に細部の構造まで酷似しているとは思わなかった。ハッチが開き、一次装甲がずれ、コクピットである球体シェルの一部がスライドし―――、
突然、火線がコクピットの中からデュオめがけて走った。咄嗟のことにデュオはかわしきれず、弾丸が左腕をかすめる。熱いような痺れたような感覚と、気絶しそうな衝撃波で、彼は自分が狙撃されたことを知った。 「なにおうっ!」
痛みを認識する暇もなく、反射的にデュオも抜き撃ちで発砲した。コクピット内、デスサイズと同じ構造なら、操縦者が座るはずの位置を狙って、二発。
それきり銃声が途絶え、デュオは今更やってきた痛みに耐えながら、端からコクピットの中を窺い見た。まだ呼吸音が聞こえる。手加減したから、死んではいないはずだ。
沈黙したコクピットの暗がりに01タイプのパイロットの姿を見たとき、デュオはさすがに動揺した。肩を撃たれて気を失っているパイロットの外見は、デュオといくらも違わない年頃の、小柄な少年であったからだ。

体温を蝕む冷えが、彼に意識を取り戻させる。
コクピットの中ではない。うっすらと開けた目に映ったのは見慣れたコクピットシェルの内部ではなく、どこかの古びた部屋の天井だった。薄暗い中に、ロウの燃える匂いが静かに漂っている。
身につけていたはずのアストロスーツは脱がされて、アンダーウェアの下、戦闘中に折ったらしい腕と銃創を受けた肩には、カーテンか何かを裂いたらしい布が巻きつけられている。柔らかく毛羽立ち、けれども寒さを防ぐには十分でない毛布の感触は、自分が寝台の中に寝かされていることを意味した。
「あ。起きた」
明かりのむらが不意に動いて、部屋の中に存在する人の気配を教える。彼は弾かれたように寝台の上に飛び起きて腰に手を延ばしたが、そこにいつもあるはずの拳銃はなかった。代わりに腕と肩に走った激痛が、彼にみずからの立場を認識させた。
「おーおー、撃たれたばっかりだってのに元気じゃねーか」
内心狼狽する彼の側に、長い髪を編んだ少年が近寄ってくる。黒い服の上に厚い防寒ジャケットを羽織り、蝋燭を手にして白い息を吐いているところを見ると、室内は自分が認識している以上に冷え込んでいるらしい。 俄に彼は警戒した。この少年はガンダム02のパイロット。自分を撃った人間だ。
「ここは俺の部屋だから、誰もあんたに気づきやしない。……なんか食えるか? ただの水とかソリッド・バーとか、ロクなもんはないけどな」
「……何も」
感情の欠落した声が、01のパイロットから発せられる。初めて声を聞いて、デュオは少なからぬ好奇心を彼に抱いた。短めに刈った黒髪、暗い色の瞳、少々痩せ衰えてはいるが、よく鍛えられたしなやかそうな筋肉。歳はたぶん、自分と同じか、せいぜい一つ下くらい。面白そうなやつだ、とデュオは思った。
「俺は敵じゃないぜ」
安心させようと呼びかけてみたが、彼に対しては極めてまずいやり方だった。いっそう警戒心を強めた様子で再び少年が短い言葉を吐く。
「お前は俺を撃った」
「あんたが先に撃ったからだろうが! ……ったく、どこの誰とも知れないヤツのおかげで、こっちまでエラい目に遭っちまった」
デュオはジャケットの腕をまくって布の巻かれた患部を見せたが、さらりとそれは無視された。こっこの可愛くない野郎だ、とデュオは思わず銃を取り上げそうになり、どうにか理性で持ちこたえた。
「とにかく」デュオはそこで一度言葉を切り、息を吐き出した。「どっちが先に手出したかって話はなしにしようぜ。俺がとにかく言いたいのは、俺もお前も政府軍の敵なんだろうってことだ」
「俺はお前のことは知らない」
無表情のまま少年が言い放つ。
「当たり前だろ、俺だってあんたのことは知らない。けど、さっきお前は俺の敵でもある政府軍の部隊を潰した。だったら、俺とあんたの敵は共通だ」
その彼が、わざわざ敵を引き連れて現れたことは、デュオにとっては必ずしも歓迎すべきことではなかったが。
「敵でなければ味方か」
こわばった声に対し、故意にのんびりとデュオが答える。
「そうだよ。敵でないなら、俺にとって価値がある」
奇妙に張り詰めた空気が、二人の間に流れている。デュオにとっても、01のパイロットの少年にとっても、互いに互いは一瞬の油断もならない相手だと本能的に察していた。
神経を逆立てるような不快な沈黙が何分も続き、お互いにそれを破ろうとはしなかった。
やがて、少年の方が大きなため息のようなものをつく。ほんの少し、空気がやわらいだところを見計らって、デュオは声をかけた。警戒心を抱かれないように普通の調子で、かといって猫なで声でもなく、ごく親しい人間に話すように、自然に。
「その……さ、俺を撃たなかっただろ。何でだ?」
粗雑ではあるが一撃で勝敗を決するような武器を持っているのに、何故かこの少年は自分に使ってこなかった。
「お前を撃たなかったのではない。お前の背後には市街があった。民間人を巻き込むわけには行かない」 何の戸惑いも見せずに事務的に少年は言った。
「……あそ」
どうやら歯に衣着せるということをしらない類の人間のようだったが、逆に彼のその正直さは買うべきところがあるとデュオは思った。こういう人種は扱いにくいが、信用できる。
「どこに行こうとしてたんだ?」
続けて発した問いにも、間髪入れず答えが返ってきた。
「レイク・ビクトリア基地」
そこはかつて、OZスペシャルズの基地であったところだ。二年前のオペレーション・メテオ時にテロに遭い、土地の寒冷化に伴って、今では放棄されているという。
「そこに行ってどうする」
「宇宙に上がり、コロニーに行く」
打てば響くような応答。デュオはだんだんとこの少年のことが好きになりはじめていた。現在のビクトリア基地の整備状況では、宇宙に上がるのはほとんど不可能なはずだ。しかし、彼の言葉には有無をいわせぬ力があった。彼の手にかかれば、不可能な何物をも可能に変えてしまうのではないかと思わせる底知れなさがあった。
心に浮かんだ確信をさらに確かにするために、デュオは再び問うた。
「何をしに」
「……この、」
少年が答えるよりも先に。
「……この狂った時代を終わらせに」
そう言って、デュオは笑ってみせる。少年の言いそうなことは、もう分かっていた。デュオは自ら言葉を口にすることによって、そのことを確かめたに過ぎない。
少年の顔に初めて意外そうな、拍子抜けしたような隙だらけの表情が浮かんだ。
「ロームフェラを叩いても、世界はなんにも変わらなかった。バートン一族を潰したって、きっとおんなじことだ。もっと、別のもっとましな、いいやり方があるはずだ。そう二年の間考えて、俺は相棒と一緒に時が来るのを待ってた」
時が来た。デュオの心には予感のようなものが満ちていた。今こそは行動を起こすとき。
「時、とは」
「俺にもわからない。けど、今がその時かもしれない。幸運の神様は、捕まえようにも前髪しかないって言うしな」
「…………」
「レイク・ビクトリアは俺がよく知ってる。一緒に行かせてくれ」
ベッドの側に座り、相手の目を見てデュオが言う。握手を求めようとしなかったのは、きっと相手が拒絶するだろうと思ったからだ。案の定、少年は返事をしない。
「俺はデュオ。逃げも隠れもするが、嘘はつかないのが信条のデュオ・マックスウェル。お前は?」
「……ヒイロ。ヒイロ・ユイ」
それは、かつての伝説的なコロニーの指導者の、今は歴史から抹殺された名前。
「ふうん。本名?」
「そうでもあるし、そうでもないと言える」
コードネームということか。ヒイロ・ユイ、そんな名前を彼に与えた人間は、いったいどんな人物なのだろう。そして、そんなコードネームを持っているということは、この少年もオペレーション・メテオに深い縁のある人物であることは間違いない。
何よりも、同じガンダムタイプのモビルスーツを駆っていることが、その証明だ。
デュオの中で予感が囁いている。
お前はこの人間とともに行くべきだと。
ヒイロと名乗った少年が、古びたベッドから降り立ち、鋭い双眸をデュオに向けてくる。それから棚に置かれていた自分の銃を取り、そのまま部屋を出て行こうとするのを、後ろからデュオがやんわりと、しかし有無を言わさぬ調子で呼び止めた。
「まだ、返事を聞かせてもらってないぜ」 錆の浮いたノブを廻し、軋む廊下へと続くドアを開けようとしていたヒイロの手が止まる。
「ここにいるレジスタンスを見捨てるのか」
振り返りもせずにヒイロが言い、デュオは苦笑して、肩をひょいとすくめてみせた。
「俺は期待されるのが苦手なんでね。バレちまったんだから、もうここにはいられないさ」
レジスタンスを見捨てるつもりはなかったが、ガンダムとそのパイロットがいると世に知れれば、ここのレジスタンスそのものの存続が危うくなる。政府軍に目をつけられ、彼らは都市ごと徹底的に蹂躙されるだろう。そうなればレジスタンスとは何の関係もない一般人までもが巻き込まれてしまう。デュオは彼らを完全に守りきる自信はなかったし、何としてもその事態だけは避けたいと思っていた。
「……好きにすればいい」
内心の逡巡があったのか、ややの間を置いてヒイロが言う。それは否定的であったが、デュオの今後の運命を動かすきっかけになる、決定的な言葉であった。
だがそれは、ヒイロとデュオ以外には、まだ当分誰も知ることのない事実だった。

[Fin.]

えーと、なんの事前説明もなく本文だけ怒涛でのっけましたが、途中で存分におわかりいただけたかと思います、本編の『もしも本来のオペレーション・メテオが実行されていたら』ヒイロ&デュオ出会い編をお送り致しました(笑)本のときにはこれに事前説明と、何故かマザーグースの引用が。怖い(笑)

このお話は本来は随分長いものを考えていて、レジスタンスやってるリリーナとかまだ生きてる真トロワとか、自分的に美味しい設定を詰め込んでいるのですが、お目見えする機会は果たしてありますかどうか。